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2011年5月

2011年5月29日 (日)

頑固さの奥のFUNKNESS


いよいよ政局だ。

WSJ紙の小沢一郎インタビュー。このような重要なインタビュー記事が国内主要紙ではなくWSJから発信されるということ自体、マスメディアの堕落振りと、この国の異常さを象徴している訳だが、それはまあ今に始まった話ではない。

そしてこれに呼応するように自民・公明が内閣不信任案提出を公言。結局小沢一郎という存在の政治家としての矜持と勝負師としての胆力が無かったら、ここまでの倒閣機運の高まりも無かったのだ。この非常時にあって小沢一郎という存在が健在であるのが、この国の救いである。どんなに迫害され、どんなに排斥されようとも、政治の世界は小沢を中心に動いており、小沢しか動かせない。民主党内の根無し草のような“政治屋”連中は相変わらず煮え切らないが。

海水注入問題ひとつ取ってみても、原発事故対応でいかに対策本部が机上の空論で右往左往していたかが明らかになったし、震災復興に至ってはまったくリーダーシップを発揮できず、それどころか官邸はほとんど蚊帳の外の状態である。二次補正は後回し。放射能汚染被害の情報隠蔽と責任逃れ。福島の子ども達を窮地に追いやり、今も汚染は拡大している。東電に大甘の賠償案。おまけにオバマとの首脳会談では冒頭にわざわざ自分からTPP問題を切り出し、「早期の判断」を約束してみせた。

首相の座の感触にその他の感覚がほとんど麻痺してしまったかのようなこの人は、もう何ヶ月も前から精神に異常をきたしている様子が傍から観ても伺える程である。

菅直人をこのまま居座らせては日本が滅茶苦茶になるということは、与野党問わずほとんどの政治家の共通認識となっている訳で、これに“政治屋”としての保身が絡んでくるから政局はややこしいが、少なくとも現状認識という点では彼ら政治家も馬鹿ではない。

むしろ問題なのはマスメディアに洗脳され切っている一部の国民の方である。「この非常時に倒閣等している場合ではない」とか、昨年の民主党代表選の時も「ころころ首相を代えるのは良くない」といった論がマスコミ主導でしたり顔でまかり通っていたが、これぞまさしく“思考停止”以外の何物でもない。

最も肝心な時に“思考停止”で自分自身を納得させるのは、人間本来のサヴァイヴァルにおける方法論のうち、最悪の選択である。そうした考えの国民がいる事が、“政治屋”達の判断を迷わせる。マスメディアの罪は、とてつもなく重いのだ。

同じ過ちを二度繰り返すべきではない。この期に及んでそんな事をまだ言っている人は、民主主義には向いていないから、とっとと北朝鮮にでも移住しちまえ、などとは性格の温厚なオレは言わないが、もしオレが医者だったら「あなたはテレ朝とテレ東とTBSと日テレとフジテレビとNHKの見過ぎですね。まさか安藤“サタン”和津とかの出てるミヤネ“サタン”屋とか見たりしてないでしょうね」ぐらいは忠告するかも知れない。


以下のインタビュー、今の日本の言論界に欠けているもののすべてが毅然として表出したような力強さだが、個人的には最後の「天命に遊ぶ」という言葉に惹かれた。

「天命に遊ぶ」、すなわち「よっしゃ、暴れまくったるで」の意と汲む。

対人議論の場で頭ごなしに相手の意見を否定してしまう(特にバカマスコミのバカ質問に接した時)など、ともすると頑固な面の普段目立つ小沢一郎であり、それが敵を多く作ってしまう一つの要因でもあるのだろうが、彼の頑固さの強面の奥には、満面の笑みを湛えた“愉快な小沢一郎”が隠れている。それは今までずっと隠れていたのだが、この大国難に瀕する日本を立て直す為に、今こそその秘めた力が前面に表出するだろう。

小沢一郎のFUNKNESSがスパークする。



小沢一郎・元民主党代表インタビュー ウォールストリートジャーナル 5/27
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_242207#

Q:東日本大震災と福島第1原発事故以降の政府の対応について、全般的にどう評価しているか。



A:
もう2カ月以上、70日になる。原子炉がコントロールできない状況に置かれている。 <
私は客観的な見方をする学者の先生から、この状況は燃料の熔融や炉が破損して、非常に危険な状況だということを聞いていた。非常に心配していたら、今になって、仕様がなくなってポツポツ認めている。対応が遅く、放射能汚染に対する認識が甘い、というより、まったくないといってもいいくらいの菅内閣の対応だ。

一般自然災害への対応も、私の県も被災県の1つだが、単なる旧来の取り組みと同じだ。役所の積み上げと、査定に任せきりで、民主党が目指した国民主導・政治主導という政治の在り方とは程遠い実態になっている。私もそうだが、ほとんどの人たちが、不安と不満を募らせているというのが現状だ。やはりその最大の原因は、民主党が掲げてきた、政治家が自ら決断して政策を実行するということが行われていないためだ。決断とは、イコール責任だ。責任を取るのが嫌だとなると、誰も決断しなくなる。


Q:原発事故で事態をここまで悪くしないようにするために、政府がすべきであった決定や政策はどんなものがあったか。


A:
こういう状況になると、東京電力の責任に転嫁したって意味がない。東京電力が悪い、あいつが悪い、こいつが悪いということを言っている。どうでもいいことならそれでいいが、原発の放射能汚染の問題は、ここまで来ると、東電に責任を転嫁しても意味がない。政府が先頭に立って、政府が対応の主体とならねばいかんというのが、私の議論だ。東電はもう、現実何もできないだろう。だから、日一日と悲劇に向かっている。


Q:菅首相は統合本部を数日後に設立し、東電に踏み込んだ。あれは十分ではなかったのか。



A:
十分も何も、パフォーマンスはどうだっていい。そういうことを気にすべきではない。事態は分かっているのだ。何が起きているかってことは、ほぼ。東電が分かっているのだ。東電が分かっていることは、政府も分かっているのに決まっている。だから、私が言ったように、他人に責任をなすりつける話ではない。政府が主体となって対応策を、どんな対応策かは専門家を集めなければ分からない。それは衆智を集めて、こうだと決まったら政府が責任を取るからやってくれと、そういうのが政治主導だ。それがまったくみられないから、国民はいらいらして不満を募らせ、民主党はだめだとなっている。


Q:小沢氏が指揮を執っていれば、最初の段階でメルトダウンが起きて危ないということは国民に大きな声で言っていたか。



A:
言うだろう。隠していたらどうしようもない。それを前提にして、対応策を考えねばならない。当面は福島の人だが、福島だけではない、このままでは。汚染はどんどん広がるだろう。だから、不安・不満がどんどん高まってきている。もうそこには住めないのだから。ちょっと行って帰ってくる分には大丈夫だが。日本の領土はあの分減ってしまった。あれは黙っていたら、どんどん広がる。東京もアウトになる。ウラン燃料が膨大な量あるのだ。チェルノブイリどころではない。あれの何百倍ものウランがあるのだ。みんなノホホンとしているが、大変な事態なのだ。それは、政府が本当のことを言わないから、皆大丈夫だと思っているのだ。私はそう思っている。


Q:なぜ、このタイミングで出てきたのか。



A:
隠しようがなくなったからだろう。知らないが。政府に聞いてみるべきだ。


Q:菅首相はアドバイザーを集めて意見を聞いている。聞き方がまずいのか。



A:
何を聞いているのだか知らない。集めただけではしようがない。結論を出して何かやらないと。だいたい、原発で食っている連中をいくら集めてもだめだ。皆、原発のマフィアだから。あなた方もテレビを見ていただろう。委員だの何だの学者が出てきて、ずっと今まで、大したことありません、健康には何も被害はありません、とかそんなことばかり言っていた。原子力で食っている人々だから、いくら言ったってだめなんだ。日本人もマスコミもそれが分からないのだ。日本のマスコミはどうしようもない。 


Q:いろいろ聞いてやってみて、だめだったら辞めてもらうということだが、どこまでいったら辞めてもらうのか。どの辺が判断の基準になるのか。



A:
どこまでということはない、何もしていないのだから。このまま、ダラダラしていたら、本当に悲劇になってしまう。海も使えなくなる。


Q:原子力エネルギーをどう考えるか。 



A:
しょせん、過渡的エネルギーとしてはある程度、大口電力供給のためにも仕方がない。だが、高レベルの廃棄物を処理できないからいずれ、新しいエネルギーを見出さなければいけない。そのように私は言ってきた。まさに今、こういう自然災害のなかで、原発の事故まで起きて、これを食い止めると同時に、長期的なエネルギー政策をしっかりと考える必要がある。


Q:菅政権に対する小沢氏の批判だが、今回、事態の深刻さに対して菅政権が国民に対して正直でなかったことにあるのか、それとも、もし政権が強ければ、事態の対応はもっとうまくいっていたということにあるのか。



A:
政権が強い、強くないとの表現も間違いではないが、さきほどから言っているように、何か国民生活に関する問題を処理する時に、われわれは、自民党の官僚機構に任せて、おんぶに抱っこの政治はもはやだめだと言ってきた。政治家が自ら決断し、国民のための政治を実行する。今回の原子力の話だけではない。

 しかし、それは何かというと、それはイコール責任だ。決断したら決断した者の責任が生じることは当たり前だ。責任のない決断はない。そういうことを主張してきたにもかかわらず、民主党の政権が、特に菅政権が、そうでないという実態に気づき、国民の支持を失っている。政策の実行ができないのなら、総理をやっている意味がないでしょう、ということだ。


Q:問責決議案や不信任案を提出する、提出しないとの話が出ているが、国難といわれる時期、そのような政治家の動きを国民はどう受け止めているとみるか。



A:
困難な時だけ仲良く、仲良くというのは日本人の発想で、だからだめなのだと考える。日本のマスコミは全部そうだ。太平の時は誰でもいいのだ。うまくいっている時は。困難、危機の時だから、それにふさわしい人を選び、ふさわしい政権を作るのだ。日本人は発想が逆だ。大陸の人は、発想がそうではない。日本人は平和ぼけしているから。まあまあ争わないで、まあまあ仲良くという話になる。仲良くしたって、何も解決できない。当たり障りのない話をしているだけだ。波風立てずに、丸く丸く。これでは、政治家など要らない。役人に任せていればいい。

Q:菅首相を降ろせというなか、強いリーダーはいるのか。



A:
何人でもいる。


Q:強いリーダーの代表格というと小沢氏が思い浮かぶ。自分でやろうとの気持ちはあるのか。



A:
私はもう老兵だから。老兵は消え去るのみ、とのマッカーサー元帥の言葉はご存知だろうか。消え去ろうと思っていたが、もう一仕事やらねばならないとは思っている。


Q:話題を変える。政治資金規正法違反の話は今、どういう状態で、今後、どういう方針で戦うのか。



A:
どういう方針もなにもない。私は何も悪いことをしていない。これは官憲とマスコミによるものだ。旧体制の弾圧だからしようがない。調べてほしいのだが、私は何も不正な金はもらっていない。ただ、報告書の時期がずれていただけだ。こういった例は何百、何千とある。単に報告書を直して再提出するだけで済んでいた話だ、今まではずっと。なぜ、私だけが強制捜査を受けるのか。そこを全然、マスコミは考えない。

 これは民主主義にとって危機だ。政府ないし検察の気に入った者しか政治ができないということになる。ほんとに怖い。あなた方も変な記事を書いたとして逮捕されることになりかねない。そういうことなのだ。絶対にこういうことを許してはいけない。私が薄汚い金をもらっているのなら辞める。

 1年以上強制捜査して何も出てない。だからちょっと報告書の書き方を間違ったといったわけでしょう。現実政治というのは権力だからそうなるんだが。戦前もそう。それを繰り返したんじゃ、だめだ。そんな民主主義は成り立たない。それを心配している。自分はなんてことない。なんの未練もない。政治家をやめれば遊んで暮らせるからそれでいいが。日本の民主主義はこのままだと本当にまた終わりになる。外国が心配しているのはそこだ。日本は本当に民主主義国家かという心配をしている。


Q:震災に話を戻す。復興、復旧にこれからお金がかかっていく。もちろん労力も。一つは第2次予算が出るか出ないかで国会でもめている。第2次予算の緊急性と規模はどのようなものと考えるか。もう一つは、財源は増税にするのか、国債発行にするのか。そのへんはどのようにすべきか。



A:
復旧に必要なことは、お金がどれくらいかかったって、やらなくてはならない。あのままでは住めなくなる。再臨界に達するかもしれない。あそこが爆発したら大変だ。爆発させないために放射能を出しっぱなしにしている。爆発するよりたちが悪い、本当のことを言うとだ。ずっと長年にわたって放射能が出るから。だから私は金の話じゃない。日本がつぶれるか、日本人が生き延びるかどうかという話だと言っている。金なんぞ印刷すればいい。その結果、国民が負担することになるが。国家が本当に放射能汚染をここで食い止めるという決意のもとに、徹底して金だろうがなんだろうがつぎ込まなくてはだめだ。国民はそのことをよく理解してほしい。国債でやれば借金だし、いずれ償還分は払わなくてはいけないが。


Q:東電の処理について役所が過去にはいろいろ決めてきた。今回、役所の言うとおりに決めてはいけないと考えるか。



A:
東電のことはたいした問題ではない。一私企業がどうなろうが。それが本質ではない。ただ、例えば東電がつぶれるとする。電気の配電やら運営ができなくなる。それから5兆円の社債を出しているから、社債が暴落する。公社債市場が大変になる。それから銀行に何兆円かの借金があるから、それが返せなくなると銀行も大変だ、ということだろう。どうってことはない。要は早く原発の放射能を止めることだ。


Q:民主党が政権をとって間もない2009年10月、インタビューした際、自民党をつぶすことが目的だと言っていた。今回、発言を聞いていると、民主党政権に非常に批判的だが、自民党がむしろリーダーになった方がよいと、日本を救えると見ているのではないか。



A:
私はそう見ていないが、国民がそのような状況になってきているということだ。これなら自民党の方がまだいいじゃないかという人が多いでしょう。私が描いていた図とちょっと違うのは、民主党政権がもう少し愚直に政治に取り組んでくれることを期待していた。そうすれば、国民がたとえ個別の政策が少しずつ遅れたとしても、変更したとしても絶対支持してくれると。

 そういう民主党をまず作り上げる。しかし、一方において自民党的、というのは日本的な政党だが、これも必要だと。自民党は事実上つぶれたような状況だが、新しい自民党がまた成長してくれると。そこで2大政党という絵を描いていたのだが。どうにも民主党政権自体がおかしくなって、強烈な支持者であった人たちも、ちょっともう見放した格好になっている。

 例えば、何兆円の企業のオーナーである稲盛さんとか、スズキ自動車の鈴木会長とかは、何兆円の企業でありながら、正面切って民主党を応援してくれていた人たちが、本当に一生懸命やっただけに、頭にきちゃって、こんな民主党ぶっつぶせ、もう一度やり直しだと言うくらい失望している。愚直さに欠けた民主党政権でちょっと違った。違ったときは違ったなりに考えなくなくてはならないので仕方ない。だが私の最初の理想は変わらない。日本に議会制民主主義を定着させたいという理想は全然変わっていない。


Q:いま、国会に不信任決議案が提出された場合、それを支持するか。



A:
それはどうするかよく考えているところだ。


Q:菅首相はどのくらい政権に留ると考えているか。



A:
彼はいつまでも留まりたい。だから困っている。それが彼の優先順位の第一だから。だからみんな困っている。


Q:先ほど「もう一仕事したいという気持ちを持っている」と言っていたが、どのようなことがしたいか。



A:
いま言ったことだ。議会制民主主義を日本に定着させたいという、この理想は全然変わっていない。ところがいま、民主党も国民から見放され、自民党もかつての自民党ではなくなってきている。このままでは日本の政治はぐちゃぐちゃになる。だからそうならないように、老骨にむち打って頑張ろうかということだ。


Q:最近になって、メルトダウンが起きていたとか、原子炉に傷が付いていた、などの情報が次々と出ているが、政府は今まで知らなかったのか。



A:
知っていたけれど言わなかったということだろう。だから問題だ。


Q:どういうことか。



A:
知らない。政府のことだから。言うと大変になると思ったから言わなかったのだろう。大変になるというのはどういうことかというと、政府の対応が難しくなると言うことだ。だけど、わたしはそんなことで躊躇しているときではないと考えている。

Q:声が上がればご自身が前面に出られて首相になるということも考えられるのか。
<


A:
私は、あまりにぎにぎしい立場というのは好きではない。もう気楽にしていた方がいいから、自分で好みはしないが、「天命に従う」というのはよくないけど、「天命に遊ぶ」という言葉が好きになった。天命の命ずるまま、もういらないと言われれば去るのみだ。


Q:最後に、菅総理はどのぐらい総理の座にとどまるとみているか。



A:
一日でも早く代わった方がいいと思う。



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2011年5月22日 (日)

女はエロス、男は・・・(“ハウルの動く城 ”と“赤ずきん”)



BRITISH SEXUAL SONG の佳曲、という紹介でよいだろうか?
(Sineadはケルトだが。)


The Wolfmen feat. Sinead O'Connor/Jackie, Is It My Birthday?






セクシャルな暗喩に充ちた曲調とイメージ・ビデオ。


女はエロス。


男はエロスの触媒。


ちなみに普段のThe Wolfmenは、ちょいとルーズなパーティー・ロッケンロー・バンド。
(ビデオの青年はThe Wolfmenのメンバーではないので、念の為。)



The Wolfmen feat. Sinead O'Connor(シネイド・オコナー)
Jackie, Is It My Birthday?

The_wolfmensinead_



Wolfと聞くと、いささか唐突ながら、オレは宮崎駿の『ハウルの動く城』という映画を思い出す。『ハウルの動く城』は、『赤頭巾ちゃん』等の系譜に属する、女のイニシエーション(通過儀礼)の話だろう。オレは『赤頭巾ちゃん』も、人類の記憶の古層の深みからはるか連なる、女のイニシエーションの話だと思っている。(映画にはイギリスの女性作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズの原作があるらしいが、そちらは読んでいないので、映画を基準に話を進める。)

男のイニシエーションでは、たとえば独りで山に行かされる。あの山のてっぺんに小さな祠があるから、そこに行ってお札をひとつ貰って戻って来いと言われて、食糧も持たされず、しかもたいていは寒い冬に、独りで山に放り出される。

山は、特に夜の山は、おそろしいものだ。極限的な肉体の疲労の上に、飢えと寒さに加え夜の山の只ならぬ気配が覆い被さる。あらぬ物が見え、感じる筈の無いものを知覚するような極限的精神状態を潜り抜け、無事に戻って来た者だけが、社会の文化的構成を担う成人として認められる。山は象徴的な死の国であった。実際に命を落とす者もいただろう。

女のイニシエーションの場合、男のそれと違い、はっきりとした儀礼的形跡が残されていないので、その分謎が深い。女のイニシエーションでは、わざわざ冬の山に登っていくような必要は無い。女のイニシエーションとは、自分自身に出会う、より正確に言えば、自分自身のなかの“老婆”に出会う過程なのだ。しかしそれはやはり、それ程簡単な話ではないだろう。そこにはやはり触媒の如き媒介者が必要なのだ。

『赤頭巾ちゃん』では、最初彼女のお婆さんが狼に食べられ、続いてそこへ知らずにやってきた赤ずきんもまた、狼に食べられる。狼の胃袋の中で、赤ずきんは彼女の“老婆”と融合するのである。

映画『ハウルの動く城』では、主人公ソフィーは頭巾こそ被っていないものの、赤ずきんちゃんの継承者である彼女は、当然の如く帽子屋の娘であろうし、実際に出掛けるときは常に帽子を被っている存在として、物語に登場してくるのである。そして彼女は魔法使いハウルと関わることによって、己の中に潜んでいた“老婆”と邂逅しなければならなくなる。ここではハウル若しくはハウルの動く城が、いにしえから伝わる民話における、「狼」の役どころを果たすのである。

われわれが現在識っている『赤頭巾ちゃん』の話には、ペローかグリムか、おそらくは近世による話の省略や変形・捏造が、多分に加えられているだろう。現在の話では、狼の扱いが不当なようにオレには感じられる。狼は猟師に撃たれて退治されてしまう訳だが、そもそも狼がいなければ赤ずきんちゃんはイニシエーションを遂行出来なかったのであるし、それに狼の腹から赤ずきんとお婆さんが元のままの姿で出てくる結末も、あやしいものである。

それに比すると『ハウル~』の方がむしろ、人類本来の智慧をより良く現代に伝えているように思える。主人公ソフィーは、ハウルという媒介者を通して強く賢い女に変身を遂げるのであるし、しかもハウルの方も単なる触媒にとどまらず、その過程でまた変容するのである。

人類の記憶の古い古い地層から出来した智慧の物語は、近代文学などが逆立ちしても描けないような人と人との関わりの慈愛にみちた深みを、いとも鮮やかな手口で、あっけらかんと表現してしまうのだ。(近代文学は登場人物が複数入り乱れるような小説でも、その実孤独の臨界身体実験のような性質を持っており、その実験精神の勇敢さには一定の評価は必要であると考えるが。)

女のなかには“老婆”が棲んでいる。だから女は、本来的に男よりも賢いのである。


Howls_moving_castle



オレ達の祖先は、オレ達よりずっと濃厚な<リアル>を生きていたのだろう。現代の「成人式」はただの近所の同窓会であるし、イニシエーションにより近いものとしては、企業における新入社員の新人研修があるが、それも結局は”社畜”を製造するための洗脳訓練機関でしかなかったりする。

わけても1945年に日本に投下された二発の原子力爆弾と敗戦は、日本人の総体にとって、“逆イニシエーション”のような結果をもたらしたのではないか?  “永遠の12歳”の形成である。

成長を拒む何かが全体を覆っている。“永遠の12歳”は、イニシエーションの手前で引き返そうとするのだ。

何かが綴じ蓋のように頭の上に覆い被さって、われわれの成長を拒絶している。それが何なのか、この二年余りの政治の混乱を経て、ようやく衆目に明らかになってきた。

政権交代の気運が高まっていた時期に突如始まった、民主党のリーダー小沢一郎代表(当時)に対する検察の“国策捜査”。巨額な迂回献金および闇献金があったとされ、新聞・テレビもあたかも確定事実のように連日報道し、小沢一郎は代表辞任を余儀なくされる。この捜査自体が出鱈目なものであったことはその後徐々に明らかになるが、この時点で検察官僚は民主党の弱体化に成功したのである。

それでも国民が政権交代を選択すると、今度は沖縄普天間基地県外移設を目指した鳩山由紀夫首相(当時)に対する外務・防衛官僚達の徹底的なサボタージュと背後からの裏切り行為があったことは、最近明らかになったウィキリークスによる米国外交公電にもはっきりと記されている。この時も新聞・テレビは国民の側に立って県外移設を支援する代わりに、官僚側と結託して鳩山降ろしのキャンペーンを張り、見事それに成功したのは記憶に新しい。

こうして民主党を骨抜きにしたあと、官僚・マスメディアにとって非常に御しやすい菅直人政権がまんまと成立する。この政権は小沢・鳩山の掲げていた官僚制度改革・マスメディア改革をほとんど打ち捨てたばかりか、その代わりに、権限強化を目論む財務官僚の手先になって消費増税推進を唐突に打ち出し、ゴリ押ししようとしている。政府・内閣府と経産省がやはり唐突に推し進めようとしているTPPにしても、国民生活をズタズタにしてしまう可能性が高く、彼らの頭にあるのは権益だけかと疑われる。これでは自民党政権時代と変わらない。一蓮托生のマスメディアも、勿論これに反対しない。

これらの政策を今この時期に推進することは、官僚の権限を維持・強化する代償に、国民経済の景気と庶民の雇用・生活基盤を犠牲にすることである。国家再生・国民生活再生のビジョンも思考もそこには無い。

“永遠の12歳”は日本人の全体に及んでいるが、中でも一番変わる事を拒んでいる“本丸”の正体が、ここで明らかになってくる。官僚だ。

この“永遠の12歳”のなかのエリート集団は、自分達を“永遠の12歳”だとは思っていないので、戦後「早く大人になりたい」とばかりに国民経済を主導し、目覚しい経済発展に一定の寄与を果たしたが、結果“物質的に豊かな永遠の12歳”を大量に産み出しただけであり、右肩上がりの経済発展が望めなくなり、日本人全体が“永遠の12歳”からの脱皮を迫られている現在、一番てっぺんに居て変わる事を拒み続ける彼らの存在が、この社会に今後致命的な弊害を撒き散らかそうかという時点に、われわれは差し掛かって来ているのである。

この二年余の政治舞台で繰り広げられた彼らの異常な抵抗の様が、逆光に浮かび上がる影の如くその事を指し示している。

そしてこの元凶の在処(ありか)をあやまたず正確に照射しつつ、まさに実地に変革せんとしていたのが、他ならぬ小沢一郎であったのだ。

小沢一郎ウェブサイトの『わたしの基本政策』のうち「Ⅳ、地方を豊かにする」の項が、このてっぺんの官僚機構の解体から始まって、地方の隅々、全国津々浦々に及ぶまでの“永遠の12歳”からの脱却のすじみちを、驚くほど明瞭に力強く語っていて見事である。


IV、地方を豊かにする

  1. 分権国家の樹立
    明治以来の中央集権制度を抜本的に改め、「地方分権国家」を樹立する。中央政府は、外交、防衛、危機管理、治安、基礎的社会保障、基礎的教育、食料自給、食品安全、エネルギー確保、通貨、国家的大規模プロジェクトなどに限定し、その他の行政はすべて地方自治体が行う制度に改める。
    また、中央からの個別補助金は全廃し、すべて自主財源として地方自治体に一括交付する。それにより、真の地方自治を実現し、さらに中央・地方とも人件費と補助金にかかわる経費を大幅に削減して、財政の健全化にも資する。

  2. 補助金の廃止で陳情・利権政治を一掃
    個別補助金の存在は官僚支配を許すと同時に、国会議員を地域と官僚機構との間の単なる窓口係におとしめている。さらに、その関係が補助金をめぐる様々な利権の温床になっていることから、地方のことは権限も財源も地方に委ねる仕組みに改め、国会議員も国家公務員も国家レベルの本来の仕事に専念できるようにする。

  3. 基礎的自治体の整備
    「分権国家」を担う母体として、全国の市町村を300程度の基礎的自治体に集約する。都道府県は将来的に地方自治体から外し、最終的には国と基礎的自治体による二層制を目指す。

  4. 地域経済の活性化
    地方分権を完全実現し、権限・財源を地方に移譲することで、経済、文化、教育等の各分野で企業・人材の地方定着を促すとともに、地域経済の活性化を図り、地方の中小・零細企業の活力を高める。特に、地場の中小企業の研究開発促進、地域の伝統的な文化・技術の現代社会への活用について、税制上の優遇措置や地域ファンドの体制整備を行う。

  5. 特殊法人等の廃止・民営化
    特殊法人、独立行政法人、実質的に各省庁の外郭団体となっている公益法人等は原則として、すべて廃止あるいは民営化する。それに伴い、それにかかわる特別会計も廃止する。今日、どうしても必要なものに限り、設置年限を定めて存続を認める。

  6. 経済の持続的成長と財政の健全化
    個別補助金の全廃と特殊法人等の廃止・民営化により、財政支出の大幅な削減を実現すると同時に、本来民間で行うべき事業から政府が撤退し、民間の領域を拡大することで、経済活動を一層活発にする。それによって日本経済を持続的成長の軌道に乗せ、税収を増やすことで、財政の健全化を加速する。


さらに、「Ⅵ、政治を国民の手に取り戻す」の項における、「国会審議は議員のみとする」、「副大臣・政務官の機能強化(事務次官会議の廃止)」なども、官僚主導政治からの脱却という観点からは、重要であることは勿論であろう。

小沢一郎の信念と実力を間近に見知っていた官僚機構の守旧派達は、政権交代の実現が眼の前に迫った時、これらがまさに実行され、自分達が殺されるという恐怖に駆り立てられたのだろう。(実際ここでは、それぐらい破壊力の有る政策理念が語られている。)でなければ、それから始まった彼らの尋常ならざる抵抗は説明出来ない。あいば達也氏の言う通り、彼らは「治療の為に近づいてきた小沢一郎という治療師を、自分達の刺客と勘違いしてしまった」のである。

尤もこの治療で彼らの半分位は死ぬだろうが。イニシエーションとは元来そういうものである。死と交わらないイニシエーションなど有り得ない。

変わらなければならない時期は、もうとっくに過ぎているのかも知れない。“永遠の12歳”の集合体は、そこに居れば内側だけでは何となくカネと人がうまく回り続けるので、大層居心地が良さそうである。しかし国民全体が“永遠の12歳”で居られるうちは良かったが、それが不可能になりつつある現在、彼ら官僚は自分達の利権を保持する必要から、われわれの方を“永遠の5歳”にまで貶めようと画策している。

その為には今まで以上に子飼いの新聞・テレビが露骨な偏向報道を繰り広げるだろう。テレビのワイドショーやニュース番組には、現代のペローやグリムが次々に登場して御託宣を並べるが、彼らの語る周到に加工された“おとぎ話”の主眼は、われわれをして幼児的世界に押し留めておく事にある。


思考停止と積年の利権構造。“永遠の12歳”、げにおそるべし。

この大震災と原発事故が戦後最大の国難であることは、疑う余地がない。日本人はこの事態を三度目の正直として、今度こそ自分達の“イニシエーション”として体験しうるのか?それとも官僚主導傀儡政権の下、更なる退行を選択して、“永遠の5歳”に成り下がるのか?

「大人になろうぜ。」と言った小沢一郎に、「イヤだイヤだ。」と寄ってたかって殴りかかって縛りあげる。白昼堂々薄気味悪い子どものいじめリンチを連日見せつけられ続け、もうかれこれ二年以上になるが、新聞社やテレビ局が世論調査をすれば、「もっとやれやれ」が7,8割だという。

そういう人達には、或いは小沢一郎という存在が夜の山の漆黒の闇や、狼のどす黒い胃袋のように、見えているのであろうか。


オレの言いたいこと、もう分かるよね?


大人になろうぜ。



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《参考》
“国策捜査”ニューヨークタイムズの報道 2009.5
“国策捜査”の歴史①
“国策捜査”の歴史②
キバをむいた検察の反革命クーデター 2010.1
朝日新聞がおかしいぞ① 2010.10
朝日新聞がおかしいぞ② 2010.10
平成のメディア・ファシズム 2010.12
ウィキリークスが暴いた普天間問題の裏切り者 2011.5
外務・防衛官僚の対米隷従体質暴いたウィキリークス 2011.5


2011年5月21日 (土)

ドキュメント:記者クラブの排除の論理/マスコミを操作する官僚と、権力の走狗と化すマスコミ(経産省篇)


菅直人が国賊朝日とツルんで、何らのバック・ボーンも持たない政権浮揚アドバルーンを次々に打ち上げているが、そんなものに騙されるいまの国民ではないだろう。まさに骨ナシ総理の“妖怪”振りが遺憾なく発揮されている感がある。

もう一方の国賊・読売は19日、西岡武参議院議長の菅首相辞任を求める提言を掲載したのに続いて、20日の社説でも西岡提言の意味は重い、として菅退陣を促した。一見正論だが、これまで画策していた小沢排除の大連立から、小沢の蜂起を利用した大連立に作戦替えしただけで、考えている中身はほとんど変わらない。西岡氏も利用された訳だ。

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2011年5月17日 (火)

上原美優さんは二度殺された。 (幻想工学の前衛基地 ・日本テレビの本質)


日本テレビが上原美優さんの顔にボカシを掛けて放送
「まるで犯罪者扱い」との声

ガジェット通信 5月14日 http://getnews.jp/archives/116188

5月13日に放送された日本テレビ番組『世界☆ドリームワーク~カラダを張って稼ぐぞSP~』にて上原美優さんが出演するシーンがあったのだが、日テレは上原美優さんの顔にボカシを掛けて放送を決行。これに対してネットでは非難の声があがっている。

日本テレビの方針は基本的には上原美優さんの出演箇所はカットし、どうしても編集不可能な箇所(引きの映像)は彼女にのみボカシ処理を施した物になっていた。そんな映像をみたファンが次のような意見を挙げている。

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2011年5月16日 (月)

悪意の対極の“酔い”


今朝産経新聞のウェブサイト(MSN産経ニュース)を開いたら、その時間の政治欄のトップに
脱・記者クラブ宣言(5月16日=社会面)と大見出しがあったので、産経新聞が記者クラブを脱退したのかと思ったら、【10年前の今日】ということで、当時の田中康夫長野県知事が記者会見で脱・記者クラブ宣言を行い、あらゆるメディアが利用できるプレス・センターの新設を約束した、ということであった(笑)。

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2011年5月15日 (日)

ここが分水嶺だ。東電救済政府案を許すな。


菅政権は5月13日、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う損害賠償を支援する枠組みを関係閣僚会合で正式に決めた。東電の存続が前提であり、現在の電力事業地域独占体制を維持する為のものだ。

枝野幸男の会見発言もおかしい。債権者の債権放棄を言うのはいいが、それならまず株主責任の方(減資)を最初に議論すべきであって、そこにあくまで触れようとしないから、話がぐちゃぐちゃになる。

最初から経営者負担と使用者負担(電気料金値上げ)の間の綱引きのみに意図的の問題を矮小化していて、そこへの批判をかわすためのような唐突な債権者負担への言及だが、肝心要の論点がすっぽり抜けているので、すべてが茶番じみて見えてくる。

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2011年5月13日 (金)

政府の原発賠償案に対する東京新聞と読売新聞の社説を読み比べてみよう。読売の悪質な詐欺師振りが際立っている。


政府の原発賠償案が1日ずれこんだものの、今日13日にも正式決定する予定である。一日先駆けた昨5月12日に東京新聞と読売新聞がこの問題についてそれぞれ社説を寄せており、それがあまりに対照的なので、読み比べてみることとしよう。まずは東京新聞から。



   原発賠償案 これは東電救済策だ 
5月12日 東京新聞社説

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2011年5月 7日 (土)

<リアルの復権>へ ― オレ達に『思想』は要らない


週刊ポスト5/6・13号の巻頭特集:ついに「国民の命」まで権力の踏み台に!菅官邸が隠した「被爆データ6500枚」(必読だね)は良くまとまったいい記事であるが、そのポストで同号から新連載の始まった『諸君!』元編集長白川浩司氏による回想録(オンリー・イエスタデイ1989 『諸君!』追想)には、「おや?」という感じの奇妙な“存在の遣る瀬無さ”が紙面から付きまとう。

しかし読み終わった感想を言えば、これは編集氏も意図していなかっただろうが、巻頭特集に照らされている「今、ここ」と、白川氏の回想録が、その隔絶間ゆえに、意外にも鮮やかな対称をなしていると見えた。

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